いつも家の近くの美容院に3ヶ月ぐらいごと?とか適当に行ってて、そこの3つ下の男の子の美容師さんに適当にやってもらってます。
「どういう風にしたいですかー?」って聞かれて、「じゃあ、まだ寒いからちょっと耳とかあったかいかんじで」とか「仕事が忙しいのでまとめられるようにがいいな」とか言うと、合わせておまかせで切ってくれるんです。
先月ぐらいまで束ねられるぐらいまで伸びてて、朝とかうっとうしくなってきたので、あごの辺あたりまで結構ばっさり切ってもらいました。快適です。
髪型とか、わりとどうでもいいんですよね…
セットとかするの苦手かも。髪の毛になにかつけるのがいやなんですよ。
美容院行くと、最後にワックスとかつけてくれるじゃないですか、スプレーシューとか。あれも、せっかくきれいにしてくれたのに、なんでわざわざそんなものをつけるんだろうと思ってて。いまの美容師さんはそれを知ってるので、いちいち聞いてきますけどね、「今日はつけます?」とか。ほとんど断ってますけど。でも聞いてくれて助かってます。
色もね、適当です。
今の色は「一番似合うっぽい色でお願いします」ってずっと前にやってもらったのを、「伸びたところ同じ色で」っていうのを続けていまですからね。長期間全く同じ色のままですね。
夏に向けて、もうちょっと明るい色にしたいなとか最近は思ってます。そのころお金があれば…ですけど。
でも、背がでかいので、大概にしないとほんと、目立っちゃって、人様にうっとうしがられてしまうので、気をつけないと、とは常に思ってます。でかい女の礼儀だって思ってますね。
基本的にすごく成績が悪かったんですが、部活をがんばっていたので、かなり見逃してもらっていたんです。
本当に数学で0点とかとっちゃうんですが、「まあ、部活がんばってるから、仕方ないか」って許してもらったりして。
数学0点、現代文30点、英語30点、、みたいな感じでした。普通なら留年ですよ!さすがに数学の0点が何度か続いたときは、学校に親が呼ばれました(笑)
それなのに、なぜか生物だけ常に学年トップだったんです。
95点以下はとったことがなくて。だいたい100点満点でした。
返してもらう時にトップだった人の名前が呼ばれるんですが、「またあいつか~」「えへへ」みたいな。
ちょうどその時、瀬名秀明の「パラサイト・イヴ」の小説を読んでいたり、プレステのゲームにむちゃくちゃハマっていたんです。いやあ、おもしろかったです。何度も読み返したりして。
そこに「ミトコンドリア」っていう名前の細胞が出てきて、生物の授業でも「ミトコンドリア」が出てきて、「わ!同じものが出てきた!」と思ったらなんか生物がめちゃくちゃ楽しくなってしまって、すごく勉強しました。
勉強した、っていうより、細胞のつくりとかがおもしろくってどんどん調べて覚えて行った感じです。そしたらテストに出る問題がすらすらと解けちゃって。
他の科目もそういう風にできたらよかったんですけど…
そしたら、その生物を教えてくれていた先生が気に入ってくれて、時々授業以外でもいろいろ教えてくれていたんですね。
それでまた次のテストで満点だったら「よくやったな!」って褒めてくれるので、こっちも嬉しくなって慕ってました。
そしたらある日、生物準備室っていう、生物の先生の職員室でふたりで話していたら、突然「彼氏とはどれぐらいしてるの?」「どうやってしてる?」「どこでするの?」とか聞いてきたんですよ、先生が。
「わー…」と思っているうちに、「触らせてくれたら今度のテストの範囲教えてあげるよ」って言われて。
もうこれ、いまだったら、っていうか当時でも普通に捕まりますよ。
こっちがドン引きしているのを見て、慌てて「冗談冗談」って言ってましたけど、ふたりでいるときにそんな冗談を言いますかね、生徒に。
それですっごい「うわーーー」って思ってしまって、それ以来、話ができなくなっちゃいましたね。目を合わせるのもこわくなってしまって。
学年が変わった時に、生物を選択するのはやめて、その先生も赴任で別の学校に行っちゃってそれっきりです。
こういうのがいきすぎちゃったやつがよくニュースで流れていますが、普通にあるもんなんですねえ、、
高校の先生で覚えている記憶っていうのは、ほんとそれぐらいです。
たくさんまんがを買い込んで帰ってきたときは、まず「お風呂わかそう!」と思いますもん。本を読むのはお風呂が一番です。ゲームもですけれど。
あとは昼寝かな。昼寝、やめられないです。やめられなくて、ちょっと困ってます、、
最近あったかくなってきたじゃないですか。晴れている日とかすごい気持ちいいし。
そういうときに、ふらっと寝室に入っちゃうとやばいです。しまった!と思いますけど、ついついベッドに横になってみちゃうんですよね。
なんか、布団って昼間のほうがいいにおいしません?
それで窓から見える青空見ながら、布団はいいにおいだなあ~とか思って横になっているうちに、意識がなくなって、気付いたらもう夜ですよ。
最近こういうことがすごくある。そんで夜寝れなくなっちゃってね。誘惑に勝てないんですよ。
夫に「30分経ったら起こして!」ってお願いするときもあるんですけど、大概30分以上過ぎてて、ひどいときには2時間とか過ぎてるんです。
「起こしてって言ったのに・・」って言うと、どうやら起こされたときに「もう1時間!」とか言ってるみたいで。全然記憶ないんですけど…
一番初めに開けたのは高校1年生の時で左の耳にひとつだけ。
すごくきびしい部活に入っていたので、もちろん開けちゃだめなんですけど、どうしても開けてみたくて!押し込むタイプのピアッサー使って自分で開けました。
痛かったですけど、嬉しい!っていう気持ちの方が俄然大きかった気がします。夜開けて、朝起きて痛いの確認して「ちゃんと開いてる!」って嬉しくなって(笑)
部活が終わるまで隠し通しましたね。もしかしたらバレてたかもしれないけど。
3年の夏に最後の大会が終わって、終わった~と思ってウキウキしてたら、夏休み中の大会も出ろって言われて、それは無理…!夏休みは遊びたい!って3年間続けた部活を引退超直前で退部しちゃったんです(笑)
あと一カ月半ぐらい続けていれば普通に引退になったのに、押さえつけられていたのがもう限界だったんですよ。なんかで怒られた拍子に、先生が「もう来なくていい!」って言ったとき、「わかりました」って言ってそのまま帰りました。
その帰りに、ピアッサー買って友達の家に行って、勢いで両耳に1個づつ開けました。「もうあんな部活には二度と戻らない!」って。
でも両耳開けるのが怖くて、ちょうどそのときに宇多田ヒカルが出てきたばっかりで、「Automatic」が大ブームなときでした。「あと一回Automatic聴いたら開ける!」って言いつづけて、でも決心がなかなかつかないからリピートしまくってました。バカですねえ、、
これで両耳で3個です。
耳にあと2個開けたのは、東京の専門学校への進学が決まった時ですね。10月ぐらいかな?全部で5個です。
たくさんピアスが付けられるのがすごく嬉しくて、小さいものをいくつか付けていました。学校は制服もあるけど私服でもいいっていうわりとゆるいところだったので、別に怒られませんでした。親ももうすぐ卒業だし、って感じであまりいろいろ言いませんでしたね。ずっと部活がんばってきたんで、それでまあ最後ぐらい、、って思ってくれていたのかもしれませんね。
ピアスは奇数がいいって聞くので、ずっと5個でいたんですが、へそに開けたのは22歳のときでした。
20歳のときに入ったDTPの会社に結構慣れてきていたし、そのとき付き合っていた彼氏とも3年、とかで、特に刺激がない、ものすごく退屈な時間を過ごしていたんです。毎日おもしろいこと探して、習い事してみたりとか。
そんなときに、「ピアス開けたら運命変わるかも!」ってひらめいて、でも耳はもういやだから、へそに開けよう!って。単純なんですけど、それぐらいつまらない毎日だったので、本気で期待していました(笑)
でもすごくこわかったんですよ!病院で開けたんですけど、こわくて一度予約キャンセルしてますからね(笑)
それで思い切って行ったのに、そこでも怖くて、やってくれるお姉さんにお願いして麻酔してもらったんです。へそピアス開けるのに麻酔する人とかいませんよ。
でもそんなにこわいなら麻酔する?って言われて、お願いしたんですが、そもそも麻酔の注射が超痛い。たぶん、しないで穴開けるのと同じぐらい痛かったんじゃないかと思います。もうホント馬鹿ですがすごくこわがりなので。
無事ピアスが入ってそれ見たら可愛くて、とっても嬉しかったの覚えてます。
ウキウキして、なんかワーーーって気分だったんで、機嫌良くひとりでカラオケ行って楽しく歌ってたら、だんだん麻酔が切れてきて、痛くて歌うどころじゃなくなってきて…
そのとき友達から「もう開けたー?どうー?」って電話がきたんですが、痛くてぐずぐず言ってたら、「なんでピアス開けたあとに一人でカラオケ行ってテンション下がってんの?」って言われて。まったくですよ!変な人!
でも、そこからぐいーん!って運命変わりました。ちょうど夫と出会ったのもそれから2カ月後ぐらいで、付き合う友達も年上の人が増えたりして、すごく人間関係ががらっと変わりましたね。めちゃくちゃ刺激的な毎日が訪れて楽しかったです。
わたしの人生では「ピアスを開けると運命が変わる」っていうジンクスは本当な気がします。
この間、お友達に、このへそピアスの麻酔の話をしたらめちゃくちゃ笑われちゃって。「麻酔って!」って。
22歳のときの話なんで、もう許してほしいんですよ!
あ、メッセンジャーとかスカイプとか、対、誰か、じゃなくって、チャットルームみたいなところでワイワイとみんなで話すようなあれです。そういうところに夜な夜な入り浸っていろんな人と話して、それがすごい楽しくて。
でも固定のチャットルームはなかったんですよ。毎日別のところを適当に探して入って楽しんで、なんとなく次の日また別のところに行く、みたいな。
「ここは常連の感じがちょっとあれだなあ」とか「ここは日によって人が全然いないなあ」とかなかなか気にいるところがなくて。
そういう感じだったんで、HNは適当で、日替わりに「あ行」から順番に頭文字を「こ」につけて行くっていう風にしてたんですね。例えば、「あこ」の次は「いこ」、「うこ」みたいに。
あるとき、すごく居心地のいいチャットルームができて、そこに入ったとき、たまたまHNが「や行」まできていて、「ゆこ」だったんですね。次の日も、その次の日も、そのチャットルームに行くようになりまして、まず「ゆこ」が定着した感じですね。
そこからブログとかmixiとか始めて、それも「ゆこ」でやっていました。そのチャットルームの友達とわりと長く遊んでいたので。なので、最初のころのブログの過去ログとか見ると「ゆこ」って名乗ってるんですね。あと古くからの、はてなで知り合った友達とかはいまだに「ゆこ」って呼びますね。
そういう感じで、しばらく「ゆこ」って名乗っていたんです。
あるとき、テキストサイト時代に「ウガニクのホームページ」を運営していたウガニクさんが、自分が編集長を勤める雑誌で、「秋葉原でオタクを捕まえる」みたいな企画をやりたいから手伝ってよ、って言ってきたんです。
おもしろそうだったし、ヒマだったので引き受けたら、わたしがメイドの格好をして、それでオタをおびき寄せる、みたいな感じの企画で(笑)
まあ、別にいいですけれど、季節は二月とかだったのに、用意されたメイド服は半そでだったのですごく寒かったのを覚えてます。ソフマップのトイレでこっそり着替えて、コートの下は半そでのメイド服、みたいな。
いまだからこそ、秋葉原にはメイドさんがたくさん溢れていますけど、あのときはまだ全然いなかったんで、案の定すごくたくさんオタが釣れて、それなりにいいページができたみたいでした。
そしたら、そこで一応そのメイドの人の名前も紹介で出すってことになったんだけど、いつも使っている「ゆこ」だとなんとなく悪いんで、適当に考えますね、って言われたんですよ。ウガニクのセンスだったらどんな名前になるんだろう、と期待してたら、「ゆ」と「こ」のまん中に「に」が入った「ゆにこ」って名前になってて。なんか衝撃でしたね、「に」を入れるか!と思って。
それ以来それが気に入って、もうずっと使ってますね。
「永田」っていうのは本名なんですけど、元ファミ通で、今はほぼ日にいる、永田泰大さんていうライターさんが大好きなんですよ。文章の感じがすごく好きなライターさんです。
ちょうどブログとか書き始めたころに、「いつか永田さんみたいな文章が書けるようになりたいなあ」と思って、それを自己紹介みたいなところにも書いていたんですけど、なんか偶然結婚したら「永田」になったので、ラッキー!みたいな感じで、いままで使っていた「ゆにこ」につけちゃいました。それで、「永田ゆにこ」です。
なんか本名っぽいような、ちょっと違うような感じなんですが、半分だけ本名ですね。苗字だけ。旧姓の苗字は珍しくて、読みにくいし、特定されやすい苗字だったので、「永田」みたいなありふれた、匿名性のある苗字になれて嬉しいです。
エイプリルフールに、「永田ゆにこ」は本名だ、と言ったら意外と信じられてしまって、まあ、別にそれはそれでいいんですけど。一応半分だけなんですよ、本名は。

