んーでもあえて考えてみると、悪意のある人間にはなってほしくないな。
僕の考える悪意っていうのは、そうだなー。
例えば、街ですれ違うひとと肩がぶつかるとするじゃない。どっちが悪いとかじゃなくてさ。そういうときに舌打ちするとか。これってすごい悪意だと思うんだよね。
あとは、なにかの順番待ちをしていて、あわよくば他人を出し抜いて自分が少しでも前に行こうとする気持ちとかも、すごく悪意を感じるんだよね。
言ってみれば、こういうのってくだらないことなんだよ。
人を殴ったり、傷つけるような言葉を言ってしまったとして、それは悪いことかもしれないけど、そこには理由があって、考えがあって、反省するべきことがあって、痛みとか後悔とか決意とかがあると思うんだ。でも小さなことなんだけど、こういうくだらないことっていうのは、なにもないただの悪意だと思うんだ。だから、そういうことはしてほしくないな。
あとはそうだな。
プレゼントをもらって、プレゼントそのものも当然嬉しいんだけど、その相手のプレゼントを選んでくれたり、自分のことを考えてくれたりした時間に嬉しさを感じるようなひとになってほしいかな。
なんだ、けっこうあるじゃんね(苦笑)
好きな食べ物と聞かれたら『お寿司』って答えるけど、最後に食べたいものが好きな食べ物かって考えると、俺はなんか違うかなって思ったよ。
自分で作ったごはんを最後に食べたいかな。例えばどういうものを作るかって?
そうだな。その日は朝早く目が覚めて、カーテンを透けて部屋に届く光から天気が良いことがすぐにわかるんだ。そのまま布団の中でなにを作ろうかと考えるね。
冷蔵庫にある材料を思い出して、それらをどう組み合わせるか。作るものが決まったら、どういう手順でどのくらい時間がかかるのか。
そんなことを考えていると、前日にタイマーをセットしたごはんが炊けるにおいがしてくる。
それでさっき考えた手順通りに作りはじめるわけ。
味噌汁の具にいくつかの野菜を切る。それをちゃんと取った出汁で煮る。味噌は準備しておいてまだ入れない。
きゅうりとかぶで浅漬けを作る。卵を3つ使って卵焼きを作る。あじの干物を焼こうか迷って、たぶんやめとくね。明日にしとこうって(笑)
ここでごはんが炊けた音がピーと鳴って、それを合図に味噌を溶いて、味噌汁を仕上げるんだ。食べるかわからないけど、納豆は食卓に出しておくかな。
それを好きな人と食べるよ。ゆっくり。今日どこ行こうか、みたいな話をしながらさ。
お腹いっぱい食べたあと、あまったごはんをお昼にさっと食べられるようにおにぎりにしておくよ。
たとえ、それを自分が食べられないとしてもね。
子供の頃、喘息持ちでさ。いまはどうか知らないけど、あの頃、喘息の子供って全員もれなくプールに通ってたのね。呼吸器が鍛えられるからなのかな。
でさ。家の近くにプールがなかったから、となりの町のスイミングスクールまでバスで通ってたの。
運転手さんの後ろの席に座るのが好きでさ。隙間からよくのぞいていたよ。
ボタンとかいろいろあってね。それを操作してるのがかっこいいと思ったんだろうね。
あと、バス同士がすれ違うときに、運転手さんたちが手をあげて挨拶するじゃない。あれがすごく憧れで、自分も真似していつもやっていたよ。
いまでも、バスに乗るときは運転手さんの後ろの席に座るよ。挨拶のマネはさすがにしなくなったけどね(笑)

