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raurublock

鹿児島県出身。 現在は東京都を拠点に、秘密結社エージェントとして活動中。 Rauru Blockに所属。 (ホームページ:http://d.hatena.ne.jp/raurublock/


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私の両親はクリスチャンだったので、私も幼少時から両親に連れられて教会に行くことが多かった。その教会での説教で繰り返し聞いた話がある。キリスト教の根幹と言ってもいい「汝の敵を愛せ」という教えについてなんだが、こういう話。キリストは「汝の敵を好きになれ」とは言わなかった。嫌いな相手を好きになるってことはさすがに無理だ。好き嫌いは感情の問題だから、頭ではどうしようもない。しかし、嫌いな相手を愛することならできる。愛するというのは、感情ではなく、意志の力だ。嫌いな相手を嫌いだという感情は持ったままでもいい。しかし意志の力でその感情を乗り越えることなら、人としてできるはずだ。という話。キリスト教ではアガペーとしての愛について教えているけど、例えば夫婦の愛も同じなんじゃないかな。恋に落ちるというのは感情の問題だ。しかし、死が二人を分かつまで相手を愛し続けるというのは、感情ではなく意志の問題だ。相手を好きという気持ちはやがて薄れるもの。気持ちが薄れた後でも相手を愛し続けるという強い意思が自分にあるか。そういう意志としての愛を持つことは、感情としての恋とは違って、理性ともうまく調和できる。そういう意志を持って理性的に他人を愛すること。それができるかどうかは、世の中が良くなるかどうかに大きく関わってくる。今の自分がそういう意志を必ずしも持てているとは言わない。しかし持ちたいとは思い続けてる。

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