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pork-chop

山形県出身。 (ホームページ:http://hps-revival.vox.com/


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ふたつです。白山眼鏡店のやつと泰八郎謹製のやつ。大学受験のときに目が悪くなって、あこがれの眼鏡男子と相成りました(笑)。かっこいい眼鏡男子と言えばやはり野比のび太かジョンレノン。だろうなってことで、ジョンが購入したと言う白山眼鏡店ではじめての眼鏡を購入したんです。ふたつめの泰八郎謹製はセルロイドの質感とフォルムにひとめぼれ。なんかこうマグロのヅケの握りみたいな「おいしそう」な感じ。もっとも、いまは視力回復したから使ってないんですけど。4年間くらい遠くの山を見つめて暮らしていたら目が良くなって(笑)、もう10年くらいですね。
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わたしは素直な人間なんで(笑)総理の言うとおり地元の商店街で使います。タイミングがズレちゃった感があるけど、現金が個々人の手に渡るというのは単純でわかりやすいことだよね。ちゃんとその意図汲み取って使うべきと思うよ、せっかくやる政策なんだから。ぼくが言いたいのは、もう誰が悪いとかなんとか言うのは意味がないよねということかなあ。
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不確定要素が必ずあるということから言えば、全ての経済活動はギャンブルと言えるんじゃないかなあ。そう考えれば、肯定せざるを得ないと思います。でも、不確定要素が多すぎるものに、生活を脅かすほどの金銭を投入するようなギャンブルには否定的ですよ。ギャンブルと聞いて否定的になる人は、「ギャンブル」の言葉にくっついてるそんなイメージからなんじゃないですかね。
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アイスランド。買えそうな範囲ではないけど(苦笑)。ネットオークションで売りに出されてるらしいから(笑)。金融で国を立てると、こういうリスクが出て来るんでしょうね。個人的には市場から投機マネーが極減少している状態というのは健全で本来的な気がするけど、どうなんでしょうか。
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そうかも知れませんね。本当に忙しくて疲れてることもあるけど、今は、あえて言うなら、脳内『徒労』で疲れてる感じかな。こうありたいとかこうするべきだとか、些細なレベルでも、もっと大きなヴィジョンみたいなレベルでも、ほとんどのひとがあると思うけど、これがやっかいで、その『あるべきかたち』とのギャップに、疲れるんですね。これ、そのギャップを埋めようとすることに疲れてるんだったらいいけど、ギャップそのものに疲れさせられるんです。それを脳内『徒労』と呼んで見た訳ですが(苦笑)。モノ心ついた時から、いや、おそらく学研の科学と学習の付録にあった手回し発電機で学んでからだと思うのですが、とにかく無駄な動きは発電に使えないものかと、ことあるごとに思うのですが、この脳内『徒労』こそ発電に応用出来ればいいのになあと思いますね。おれ結構発電してるよ多分(笑)
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最近やってないですね。あれって結局リアルな友人との繋がりを補完するものになってるような感じがしませんか?実際自分のマイミクを見てると、実生活で友人が多いやつがマイミクが多い。自分はマイミク8人しかいないけどね(笑)。でもせっかくアンリアルなんで現実世界と違う、時間的あるいは空間的にいままで自分の人生とクロスしたことの無い相手と繋がりたいって思うなあ。でも会員数が膨大なんで、趣味が似通った人へのアクセスの窓口としてとか、すごいマイナーな探し物調べ物するときとか色々と便利ではありますね。そんなこんなで、自分の場合メインとしてはミクシイである必要は無いなあと思うね。とりあえず最近はVOXとかはてなとか使ってますね。
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 自分は『旅』って言うのは苦手です。一人旅は、ローマとかスイスとかヘルシンキとか、一度ヨーロッパ一巡りしたことあるけど、二十歳になったばっかりの頃で、非常にシャイで気弱な青年だったもんだから(笑)、すごく疲れた。ホントあと一人旅は二度とするまいと思ったよ。だって、もう体重5キロ減ったもん最初の一週間で(苦笑)。
 でも、やっぱり人とコミュニケーションとれないとその土地って言うか文化っていうか、そのへんがつかめないよね。ヨーロッパ一人で行ったときは、もう囚人のようだったよ。ほんとことばがやっぱりうまく通じない。単純な意思は単語程度で伝わるけど、やっぱりなに考えてるかわかるくらいの会話できないとつらいね。
 最近は中国とかインドとか仕事で行くんだけど、何回か行ってて、その国の人と飲んだりする機会があるとやっぱり段々人を通してその土地の文化とか風習とか考え方の傾向が見えてくるでしょ?そうなってはじめて、ああこんなとこなんだこの国は見たいな理解がなんとなく出てきて、そんで、興味が出てくる。インドみたいに直感でなんかこの国すごいぞ見たいなところはあるんだろうけど、やっぱりそんなとこだって、住んでやっと良さがわかるんだと思うよ。
 でも、やっぱり、他の文化に触れて思うのは、このへんは根本的に人として変わり無いかな?っていうポイントと、こりゃ全然違うぞってポイントがある。そんで、その文化によるところってのはあるんだと思うけど、基本的には、重要な部分って『個体差』だと思うの。そんで、『個体差』が見えてなんになるんだっていうと、たぶん自分の中身が見えやすくなるってことだと思うんですよ。
 例えば、写真で言えば、コントラストが低い写真だと、被写体の境があいまいになって、見えにくくなるでしょ?それとおなじことなんですね。
 なんかダラダラと話したけど、結局言いたいことは、何の解釈も生まないような『旅』は嫌いだけど『住』は興味あるねってことなんです。でもダイエットしたいからそろそろ一人旅もいいかな?(苦笑)
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無地のやつに自分でプリントして作りました。シルクスクリーンで。Tシャツって服であって服でないでしょ?既製のTシャツ着るなんて、ビートルズのコピーバンドを一生やってるみたいなもんでちょっとはずかしいよ。
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そうですね、日々の生活、それは仕事とかプライベートとか、まあ自分にとってそう言う公私の境はあまり無いんですけど、そのなかでかならずモチベーションと言うか、その 生きるエネルギーみたいなものが極端に減衰するときというのがある訳で、それが『救われない状態』だと思うんですが、じゃあそっから救われるきっかけは何かって言うと、ひとに肯定されたときなのかな。ぼくの世代のひとはまわりを見て思うんだけど、今のポスト産業資本主義みたいな世の中に違和感を持っているひとが多いんじゃないかなあと感じるんです。それって何の違和感かなあと思うんだけど、金が差異の指標だっていうある種の未だ根強い支配感とのギャップのような気がします。で、それはそうじゃないと言うとキレイ過ぎることを言ってるみたいに思われることが多いんだけど、実際、これからの世の中がどうなってったら良いかって思うと、やっぱり、今の世の中の金なんて言うのは所詮安い労働を買って、その差異から生まれた成果物に過ぎない訳で、そんなものが長続きする訳は無いと思うんです。日本の十分の一で仕入れた中国の労働力で作った他より「安い」という「価値」を持ったモノで人がしあわせになる訳が無いと思うんです。少なくとも、わたしは救われない。自分のなかにある無形の資産から誰かのために輩出した行動や成果物。それに対して、プラスのレスポンスがあった時。それが自分を救ってくれる状況かなあと思いますね。