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ヒサイリサ(2008)

1973年05月25日生まれ、今年37歳。 三重県出身。 現在は東京都を拠点に活動中。 本名非公表。身長153cm。 3歳から地元で子役として活動。 大学卒業時に放送局アナウンサー試験撃沈。自らプロダクション数社にフリーアナウンサー志望で履歴書を送る。平尾昌晃音楽学校でレッスンを受けていた経歴に興味を持たれたことがきっかけで、1997年アルバム「恋する探偵」、シングル「雨の日の猫のように」(小西康陽プロデュース)で歌手デビュー。その後、女優としても活動の幅を広げる。 また、1998年4月から2000年3月まで、NHK教育テレビ「おしごとパパ おしごとママ」(小学校生活科番組)のお姉さんをつとめる。 アナウンサーになれなかったルサンチマンから女性の局アナに無意識のうちにつらくあたる傾向があり、某局の女子アナを泣かせたことは今もバラエティー番組でいじられる格好の材料になっている。 歌手としては2006年にリリースした「星月夜」(作曲:下岡晃(From アナログフィッシュ))が久しぶりにヒット。 今回、1年半ぶりに石田ショーキチプロデュースのニューアルバム「LOVE LIFE」をリリース。 仕事では紅白初出場、私生活では結婚と現在確変中。


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お昼から舞台「ホテル・ストロベリーフィールド」の稽古です。明日からは台本を手放して、実際にセットを模した場所で動いてセリフを言う立ち稽古に入ります。私にとって舞台は1998年夏に出演した「ロックオペラ・ドン・ジョヴァンニ」以来10年ぶりなので緊張しています。
「ロックオペラ・ドン・ジョヴァンニ」は私にとってはじめての舞台出演でしたが、素晴しい作品・スタッフ・共演者の方たちに恵まれてとても幸せな現場でした。
でも、その後初心を忘れてしまって舞台やミュージカルに出演するためのスキルを自ら伸ばす努力をしなかった自分自身に「喝!」(ヒサイ注:大沢親分、張本勲さん風に)ですね(苦笑)。
昨日も稽古だったのですが、明日からの立ち稽古が不安で舞台監督とお話をしました。
舞台監督は私が近づく立ち稽古の不安に押しつぶされかけていて、稽古開始当初の「生き生き感」が失せつつあることを不安に感じていたようですね。
昨日、舞台監督から、
「ヒサイさんはちゃんとオーディションをくぐり抜けて、フロントの凡子(なみこ)役を掴んだんですよ。私達が大丈夫だと判断したんです。自信を持ってください。ヒサイさんが舞台経験が浅いことは承知の上でオーディションに合格させたんですから。ヒサイさんは一人ではないんです。みんなが助け合って舞台を作っていくんですから。みんなそうやって、一人前の役者や製作に育っていくんですよ。僕もそうでした。ヒサイさん、自分(ヒサイ注:舞台監督は関西出身)ならできるでぇ。」
と励ましていただきました。
私はこの舞台オーディションに合格してから、自分自身の能力に過ぎた大きな劇場(東京:日生劇場、大阪:梅田芸術劇場、名古屋:愛知厚生年金会館、九州:熊本県立劇場)での約3ヵ月にわたる(私にしては)長丁場の公演、私とは格が違う役者さんたちとの共演に戸惑って負い目を感じていて、突っ張りすぎていたんですが、舞台監督のお話で気持ちがかなり楽になりました。
舞台がある間は、夫となかなか休みを合わせられなくて逢えないことが寂しいですね。
今年に入ってから、CDのプロモーションや舞台稽古の関係で夫に1ヵ月以上逢えなくて、メールと電話でのやり取りだけになっていますね。
私は町田のアパートは引き払ったので、今は両親が住む埼玉県の家に居候しています。
もう新居は決まりつつあるので、二人で住める日を楽しみにしています。
話が脱線してしまってごめんなさい(苦笑)。
もう一度舞台の話に戻りますね。
私が演じる、経営が傾いているホテルのフロントの女性・凡子(なみこ)はDV(ドメスティック・バイオレンス)が原因で夫と離婚したバツイチの女性、メガネをかけた冴えないトロい女性です。ドンくさいのでしょっちゅう転んだり、離婚した夫がホテルのフロントに押しかけてボコボコにされる場面があるので、舞台出演中は生傷がたえないことは覚悟ですね。今でも、舞台稽古から家に帰ると腕や足に知らない間に青アザができている状態なので(笑)。体力勝負ですね。
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キャプテンストライダムとフジファブリックですね。
キャプテンストライダムは楽曲に瞬発力や飛距離があるバンドで、グイグイ惹きつけられますね。
私が大好きなアナログフィッシュとのジョイントライブがあるのですが、仕事のスケジュールの関係で行けなくて残念です。
フジファブリックはVo.の志村正彦さんが書く歌詞の言葉の選び方が好きです。
純文学性を感じさせるので。
一昔前の小説に登場するような、「繊細な心の中に破壊願望を持つ若者」を主人公にしたような楽曲が多くていいですね。
最近作の「若者のすべて」は歌詞・曲とも気に入っていて、ヘビーローテーション中です。
新しいアルバムも楽しみです。
キャプテンストライダムも青年期の苦悩を題材にした楽曲が多いのですが、「風船ガム」や「わがままチャック」のように攻撃的というか、苦悩を外に発散させるような内容だと感じています。
同じように青年期の苦悩を扱った楽曲でも、キャプテンストライダムは苦悩のエネルギーを外に発散していて、フジファブリックは内省的ですよね。フジファブリックは内省的な中にも破壊願望を感じさせますね。
私の勝手な思い込みですが、フジファブリックの曲を聴くと、『檸檬』を筆頭とした梶井基次郎氏の作品を連想しますね。
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3年前からはじめたヨガですね。今までもエアロビクスやボクシングエクササイズをやっていたんですが、年齢を重ねるとともに矛盾した表現になるかもしれませんが「もう少し静かに身体を動かしたい。」と考えるようになったんです。そういう時期に知人からヨガの奥深さを教えていただいて、ヨガのスタジオに通うようになったんです。
今は西野バレエ団(注:日本のテレビタレント養成所のはしりとなった、現在の沖縄アクターズスクールのようなところ。出身者は由美かおる、金井克子、奈美悦子など。)出身の先生についています。
先生は50代なんですが、おきれいでスタイルもよくて、内面から元気がにじみ出ているような方なんです。その先生を見ているだけで私まで元気になってくるような気がするくらい。
先生は呼吸法に力を入れている方で、腹式呼吸の方法についていつも注意されています。
10年以上、声を出すことを仕事にしている身としては恥ずかしい・みっともないことなんですが、改めて腹式呼吸について見直す機会ができてよかったです。
レッスンはアットホームな雰囲気で、某相撲部屋の親方のお姉様も同じレッスンを受けていて、毎場所ごとにその親方の名前の印が入った相撲の番付表をいただけるんです。
私は相撲のことはよくわからないんですが、相撲に詳しい方にうかがうと、親方の名前の印が入った番付表というのは貴重品らしいですね。
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「勝手にしやがれ+ヒサイリサ」名義で、シングル「軽蔑 〜Le Mépris〜」を発表するんです。カップリングはカバー曲で、フランス・ギャルの「ティニー・ウィニー・ボッピー」とブリジット・バルドーの「Everybody loves my baby」です。
勝手にしやがれは以前からファンでLIVEにも何度も行っていたので、歌わせていただけることはうれしかったです。
本当に皆さんかっこいいんです!!
曲のビジュアルイメージに合わせるために、ここ数年ロングヘアだった髪の毛をバッサリ切りました。
CDジャケットやPVの衣装合わせも進んでいるんですが、今までの私だった着ない、周囲も選ばないようなクールというか、シャープな衣装なんです。
今までしたことがない経験なのでワクワクします。
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秘訣と言っていいかどうかわかりませんが、私の経験をお話します。
私は23歳から31歳まで喫煙者でした。
セーラム・ピアニッシモを一日に10本から15本吸っていました。
2004年の秋に事務所を移籍したんですが、移籍前の素行が悪過ぎて、新しい事務所の方針で、「半年間はレッスン生扱いで2005年の3月31日までに素行の改善、および契約に値する技能の向上が認められなかった場合は契約解除。」という条件で移籍契約をしました。
先程もお話しましたが、今の事務所のスタッフの熱意・力量に私が感心して、「ぜひこの人達とお仕事をしたい。」と決意したんです。
それで、ボイストレーニングやダンス・演技のレッスンのレッスンはもちろんですが、それに加えて週5日スポーツジムに通って基礎体力をつけることにしました。
スポーツジムでは、個人個人にあったカリキュラムを組むために最初に体力測定や身体検査をするんですが、それが最悪でした(苦笑)。
心肺機能は正常値の6割しかなく、お腹周りもたるんで最悪の状態でした。
それで、その時ついてくださったインストラクターの方に注意を受けました。
「○○さん(本名)本当にだらしない生活をしていたんですね。最近テレビでお見かけしても以前のような輝きがなくてつまらない人になっていますよ。歌も以前より下手になったし。週刊誌(東スポでも←ヒサイ付け加える)でも激太り報道がされていましたが、実際に見てその通りでガッカリしました。実は私も子役をやっていて25歳までダンサーやミュージカルのチョイ役で出ていました。でも、自分の才能に限界を感じて芸能活動を辞めて、転職しました。以前の私もかなりいい加減だったけど、○○さん(本名)は本当にだらしない生活をしていたんですね。私はこんな人に負けたのかと思うと悔しいです。」
とハッキリと言われました。
正直、悔しかったですね。
そして同時に、「私はこんなに恵まれた環境にいるのに何を甘えているんだろう。」と自分自身に悔しさが増してきましたね。
それで、心肺機能を落とす元凶になっていたタバコをキッパリとやめました。
小さい頃からぜんそく持ちの人間がタバコを吸っていたこと自体が間違っていたんですよね。
そして、そのインストラクターの方に助けていただいて、基礎体力をつけて、心肺機能を戻して、15Kgの減量に成功してベスト体重に戻すことができました。
そのインストラクターさんには感謝しています。
私が生活をたて直して、事務所を移籍するきっかけになった自爆したミュージカルオーディション時のよくしていただいた歌手で女優さんの一喝、そしてスポーツジムでのインストラクターの方の叱責、と私はいい叱られ方をする機会に本当に恵まれていました。
人間、自分が見えなくなってくる時が生きていると必ず出てくるので、叱ってくださる方の存在は大切だと思います。
特に私は頭が悪くてお調子者なので切にそう思います。
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父方の祖母は、気が強くてシャキシャキした人でしたね。そして、面倒見がよくて姉御肌で。父方の祖母は21年前に亡くなったんですけど、祖母が亡くなった後に性別、年齢、国籍の壁を越えて、「△△(ヒサイリサの父方の祖母の名前)さんにはお世話になりました。」という方が何人も祖母が住んでいた父の実家を訪れたのを実際に見たり聞いたりして、「おばあちゃんって、すごい人だったんだな。」と思いました。
それから、私は身体が弱かったこともあって、小学1年生まで泳げなかったんです。
父方の祖母は三重県の志摩地方出身で、名古屋に出てくるまで志摩で海女をしていたんです。それで泳ぎが得意だったので、祖母に泳ぎを教えて(特訓して)もらって私は泳げるようになったんです。
これが私の一番の父方の祖母に対する思い出です。
あ、これは余談ですが、父方の祖母と私は隔世遺伝で顔がそっくりなんですよ(笑)。
父方の親戚の間では有名です(笑)。

母方の祖母は私の母が1歳の時に夫を結核で亡くした直後に婚家を出て、助産師・看護師をしながら女手一つで母を育てて、4年制大学まで出して、一軒家まで建てたしっかり者でしたね。
ただ、先ほどお話したように自由奔放な人で、内縁の夫がらみで「家出→戻る→家出→戻る(以下略)」を無限ループでくり返した人だったので母が一番、次に父と私が振り回されてしんどい思いをしました。
祖母の優先順位は「①内縁の夫②孫(ヒサイ)③娘(ヒサイの母)」でした。私は子どもの時内縁の夫と一緒にいる祖母が大っ嫌いでした。内縁の夫に気を遣わせないために祖母は私に内縁の夫の前では存在をなくすように(空気のようになること)強要されました。辛かったですね(ヒサイ、しばし沈黙。目にはうっすらと涙。)
祖母は家出と出戻りを無限ループでくり返した人だったことは先ほどお話しましたね。
私が上京後に、祖母は最後の出奔をしました。祖母は、末期ガンで余命いくばくもなかった内縁の夫の介護を亡くなるまで続けました。
内縁の夫が亡くなった後、祖母に対して怒りを感じていた父が私の実家で祖母と同居することを拒絶したので、祖母は今施設にいます。
今年89歳になるんですが、認知症と肺がんが進行して常時酸素をあてていないといけない状態になっています。
祖母は私が子役の時から孫バカで、私が出ていた広告や雑誌の切抜きをスクラップしてバスで隣りに乗り合わせた見知らぬ人にまで、「これ、私の孫なんです。かわいいでしょ。」と見せびらかしたり、私が子役としてテレビに出る時は職場や周囲の人たちに私の出演日を吹聴しまくったりしていましたね。
私がヒサイリサとしてデビューしてからは、もっと熱心に切り抜きをスクラップしてくれるようになって、出演したテレビ番組もチェックしてくれました。そして、「若い人の歌はようわからへんわ。」と言いながら発売ごとに私のCDを買ってくれていました。私が上京した後、しばらく祖母は私の実家で暮らしていたことがあるのですが、オフに私が実家に帰った時に祖母が私の曲「カナリア」(1999年発売のシングル、アルバム「TIMELESS GARDEN」に収録。)を鼻歌で歌いながら洗濯物を干しているのを見た時はうれしかったですね(照れる)。
私の紅白初出場は、母と施設の方が祖母に時間をかけて説明してくださったようです。
私も祖母に手紙を書いたので、それも母に読んでもらいました。
祖母が見てくれるとうれしいのですが。
祖母は今も私のCDを聴いてくれているようです。
今は母が私のCDを買って施設にいる祖母のところに持っていってくれているようです。
2006年まで3年近くCDの発売が途絶えた時期に、祖母に「○○(ヒサイの本名)ちゃん、次のレコードはいつ出るんだい?」とよく聞かれたんです。
答えに困りましたね(苦笑)。

あ、それから、祖母にはヌード写真集を出したことを今も言い出せていないんですよ(苦笑)。
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信頼している人が私の目の前から消えること。私の母方の祖母は内縁の夫が亡くなるまで、「家出→戻る→家出→戻る」を40年近く無限ループで繰り返し続けた人だったから。
しばらくすれば戻ってくることがわかっていても、祖母が消えることが子ども心にショックだったし、それ以上に祖母がいなくなるたびに精神的に不安定になる母を見ていること、そんな母の顔色をうかがうこと、少しでも母が元気になるようにと母に気を遣い続けることが辛かった。
それから、祖母が家出するごとに父と母が言い争いをして、父が一方的に母に対して祖母をなじり倒す言葉を浴びせ続けるのを見ているのが嫌だった。
子どものころから血縁者が消えることやそのことによる周囲のゴタゴタを見ていて心が落ち着かない日々を過してきたのが、この歳まで結婚に踏み切れなかった原因の一つだと思う。他人のせいにするのはよくないけど。
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私はサッカーのことはわからないので、プロ野球の広島カープのことについてお話させていただきます。
広島カープは素材的にいい選手が揃っていて、育成のシステムも12球団の中で比較的しっかりしているいい球団だと思いますよ。
ただ、財政的に苦しい関係で主力選手の流出がたえないことがしんどいですね。
移籍する選手にはその選手なりの考えがあると思うので、第三者がとやかく言うことではない気がするので、私は「去るものは追わず。」のスタンスをとります。
広島カープは球団の体質が今の時流に合わないだけの話で、特に問題視する点はないと思います。
こんな球団があってもいいと思います。
カープ万歳!
最後に一言言わせてください。「新井さん・・・・・どうしてなの・・・・・地元(広島)出身だからカープに残ってくれると思ったのに・・・・・」
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複雑な心境ですね(苦笑)。私は上京当時にマージ・シンプソンの日本版のオリジナル声優の一城みゆ希さんが主催するワークショップでボイストレーニングや演技のレッスンをうけていたので・・・・・そのご縁で、9年ほど前に「ザ・シンプソンズ」にその他大勢で声の出演をさせていただいたんです。私は上京前からテレビで放映されていた「ザ・シンプソンズ」を観ていましたが、オリジナルのキャスティングは素晴しいと思います。確かに映画版の知名度が高い方を優先したキャスティングには疑問があります。確かに公式サイトのblogにもそのことを書いて、この問題に関する討論番組にも出演させていただきました。私の中ではオリジナル版の声優のキャスティングは最高だと思います。でも、試写会で映画版を観たら、映画版の声優キャスティングもまた違った視点から見るといい作品に仕上がっていると思います。
オリジナル版の声優さんが吹き替えた映画版のDVDも発売されるそうですし、私にとってお師匠さんにあたる一城みゆ希さん(マージ・シンプソン役)からもご説明をいただいたので、この話は私の中では現在沙汰やみになっています。
でも、今回の映画版の声優変更に関しては疑問は拭い去れないので、映画版声優変更疑問派に名を連ねさせていただいていますが・・・・・某週刊誌にそのことで「大御所芸能人に反旗をひるがえした生意気な二流女芸能人」と書かれたのは心外でしたね(笑)
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大学卒業後、芸能界入りを両親からかなり反対されたんですが、父方の親戚の方たちのとりなしで、上京してデビューすることができました。
その際に、両親から「芸能界入りの際に一番重要な約束」として、「本名を絶対に使わないこと。公表しないこと。」という条件を示されたんです。
当時両親は地方公務員(現在は退職)だったということもあって、自分達が一生懸命働いて大学まで出した娘が堅実ではない職業に就くことに抵抗があったのでしょう。
それで、事務所の方たちと芸名を考えたんです。
私の出身地の三重県久居市(現・三重県津市)が梨の名産地なんです。
あと巨峰も(笑)。
それで、苗字を出身地からとって、あとは「いつまでも梨のようにみずみずしくいられるように。」と「「梨」のつく名前にしよう!」ということになったんです。
姓名判断の先生にみていただいて、「久居梨紗」という芸名に決まりかけていたんですが、「漢字だとかたい感じがする。」ということになって現在のカタカナ表記の「ヒサイリサ」になったんです。
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